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4月3日[2026]
坂本龍一の遺産を次世代へ受け継ぐ「sakamotocommon」の終わりなきチャレンジ–伊藤総研
VS.オープン1周年の節目となる展覧会は、2023年に惜しまれながらこの世を去った坂本龍一氏をフィーチャーする「sakamotocommon OSAKA」。氏の遺した知的・物質的遺産をコモン化し、次世代のクリエイティブに役立てていく取り組みの一環を担うイベントだ。メインとなる展示は、1970年の大阪万博で少壮の坂本氏が感銘を受けたという「バシェの音響彫刻」。2025年、再び万博に沸いた大阪で、氏の遺産と向き合う意味とは。氏と生前から親交があり、「sakamotocommon」の発起人の一人でもある伊藤総研氏に聞く。
1970年と2025年、
「坂本龍一」と「大阪」をつなぐもの
――伊藤さんは、坂本龍一さんとはどんなきっかけでお仕事をされるようになったのでしょうか?
2016年、恵比寿ガーデンプレイスで開催された坂本さんのレーベル主催イベント「commmons10 健康音楽」のリーフレット制作を担当させていただいたのが、直接的には最初の仕事です。ただそれ以前から、僕が編集で参加した雑誌『BRUTUS』や広告の仕事などで軽い面識はありました。仕事をご一緒するようになってからも、近くにいても暑苦しくない奴ぐらいには思われていたと思います。(笑)
――「sakamotocommon」の立ち上げに関わられたのも、その流れからでしょうか。
坂本さんが亡くなられて、坂本さんの事務所を中心に、遺された有形無形の資産を利活用する方法を探っていました。作品をはじめ、楽器や機材、書籍、技術などをコモン化し、できるだけ多くの人に――特に次世代のアーティストやクリエイターのために使っていきたい。この取り組みが「sakamotocommon」です。
最初の取り組みとして、2024年12月、東京都現代美術館(現美)の坂本龍一展の開催に合わせて、東京・銀座で「sakamotocommon GINZA」を開催しました。同時期にTOWER RECORDSでの展開や、雑誌やラジオで特集を組んだりと、さまざまなプロジェクトを同時多発的に行うことで、結果的に現美で過去最高の集客にも結び付きました。これに手応えを感じ、「こういった取り組みを続けていこう」という機運が盛り上がっていたタイミングで、VS.での開催の話が持ち上がってきました。
ただ、いわゆる巡回展にはしたくない。坂本さんご自身、再生産的なものを好まれませんでしたから。そこで、2025年に大阪で開催する意味を考えていく中で、坂本さんが1970年の大阪万博でバシェの音響彫刻に出会い、その後の音楽制作にも影響を与えたという事実から展覧会を考えていくことにしました。
――「sakamotocommon OSAKA」のメイン展示、バシェの音響彫刻ですね。
坂本さんはずっと新しい「音」を模索し続けた人です。新しい作品を作る時は、必ず新しい音を探した――。バシェの音は、坂本さんの頭の中にずっと残っていたのでしょう。アルバム『async』(2017年発表)制作の際、「バシェの音をもう一度聴いてみよう」と探し始め、バシェ復旧のプロジェクトと出会い、そこからバシェと坂本さんの新しい物語が始まったそうです。これは、大阪で展覧会を行う大きな柱になると思いました。
ここにあの作品を持ち出すのは至難の業でしたが、バシェ協会の岡田会長をはじめ、万博協会の方にも大変なご尽力をいただき、実現できました。また、坂本さんがバシェを演奏した未発表音源も見つかり、その収録アルバムもこの展覧会をきっかけに出すことができたわけです。
VS.の音響、空間特性を活用した
ならではの展示内容
――会場とのマッチングもありますね。VS.は以前よりご存じでしたか?
VS.の音響設計をしているイースタン・サウンドファクトリーの佐藤博康さんは、坂本さんのライブなどで音響を担当しておられましたし、昨年VS.のオープニングイベントをされた真鍋大度さんとも親しいので、VS.のことはチームのみんなが知っていました。特に佐藤さんの存在は大きく、坂本さんが愛した「ムジーク」のスピーカーを贅沢に使い、「こう使えばこんな響きができる」と仕様をどんどん進めてくださって…。坂本さんの展示はVS.で行うのが必然、と思えるほどでした。
今回の展示の一つ、360度にスピーカーを巡らせた「360 Reality Audio」は、坂本さんが使っていたスタジオの立体音響を再現するもの。これは銀座でも試みたのですが、VS.では「ムジーク」を29台使い、坂本さんがきっと聴いていたであろう音をそのまま体感できました。
VS.の特性をうまく使えた展示としては、高谷史郎さんが映像制作された「LIFE-fluid, invisible, inaudible…」もあります。オペラ作品『LIFE』の映像や音を使ったインスタレーションで、現美でも反響を呼んだ作品ですが、これを展示するには空間の高さ・広さが必要。VS.のSTUDIO Aは、まさにうってつけの空間でした。こういった特徴的なハコは、インスピレーションを生み出す力を持っていますね。
――今回の展示では、「坂本図書 分室」も異色のアプローチですね。
坂本さんは読書家で、NYのご自宅の壁は本で埋め尽くされていました。「この本を使って、図書室が作れないかな」と、ご自身の発案で「坂本図書」プロジェクトがスタート。現在は都内某所で数万冊の蔵書を預かり、完全予約制で閲覧できる場所で運営しています。今回の「分室」では、それをそのまま持ってくるのではなく、同タイトルの古書を収集し、会場で購入できる形で準備しました。会期中にもどんどん追加していき、坂本さんの血肉になった本をぜひ読んで、持って帰っていただきたいという気持ちでした。
今回、もう一つ異質な展示として、「坂本龍一アーカイブ: 1970-」があります。1970年代前後の手記やメモ、持ち物など…作品ではなく、彼自身の生きた証とも言えるもの。当時の坂本さんの考えや言動、衝動が生々しく感じられます。18歳の坂本さんと2025年の大阪をつなぐ、非常に引力のある、力強い展示です。
それから、坂本さん愛用のピアノを使った自動演奏再生プログラム。ご存命中に演奏したキータッチやペダルの動きなどを記録したデータを入れており、『Merry Christmas Mr. Lawrence』など、5曲をプレイしました。演奏が始まると、本当にそこに坂本さんがいるように見えて、立ち去りがたいほど。メインの展示ではありませんが、皆さんの心に響いたと思います。
――坂本さんご自身、音楽というコアを持ちながら、いろんなことに興味を持ち、多面的に活動されて、最終的にシンプルな「音」に戻ってくる。それは18歳の時に体験したバシェの音からずっとつながっている…そんな流れを、総覧する展示だったのでしょうか。
坂本さんはいつも、完成した作品より「プロセスが面白い」とおっしゃっていました。「sakamotocommon」の活動も、これで完成ということはありません。坂本さんが遺してくださったものを次世代のクリエイティブに役立てていくために、「大阪でこれができた」「じゃあ次に何ができるか」と模索しながら、これからも進んでいきたいと思います。どうぞご期待ください。

バシェは20世紀後半から今世紀にかけて、フランスを拠点に世界で活躍した兄弟アーティスト。既存の楽器を分析・再構築し、金属やガラス棒などを擦ったり叩いたりして音を出す「音響彫刻」作品を数多く発表した。会場では、55年前の万博で展示された作品の復元のほか、坂本氏所有の音響彫刻も展示した。

「僕はもう、この何万冊の本を、もう一度全部読むことはできない」。坂本氏から相談を受けてスタートした「坂本図書」プロジェクト。会場では自由に閲覧・購入できるスタイルで展示された。

坂本氏が最も愛したスピーカー「ムジーク」を29台使って、最後のオリジナルアルバム『12』の360 Reality Audioミックスに氏自ら立ち会った乃木坂ソニースタジオの音環境を再現。『12』、バシェの音響彫刻の演奏音源を立体音響で再生した。

坂本氏が長年愛用したグランドピアノに、氏の演奏データをプログラム。キータッチやペダルの利かせ方などがそのまま再生され、今にも椅子の上に氏の姿が浮かび上がってきそう。