Voices

6月12日[2025]

Tadao Ando

混沌の時代に新しいイノベーションを生み出す。安藤忠雄氏の「青春」にたぎる覚悟とパワー – 建築家 安藤忠雄

うめきたの開発に20年以上前から携わり、VS.の設計監修も手掛けた安藤忠雄氏が、2025年春~夏、満を持してここで自身の作品展を開催する。「自然との対話」をテーマに国内外で活躍する希代の建築家が、生まれたばかりの緑の空間から発信するものとは? 折しも半世紀ぶりの万博に沸く大阪で、安藤氏の視線はこれから先の未来を向いていた。

大阪駅前の緑の中から
イノベーションが「滲み出していく」

建築家 安藤忠雄
安藤忠雄

うめきたの開発計画には、2000年代初めの事業コンペの頃から関わっています。当初より、「関西最後の一等地」と呼ばれるような開発だからこそ、「経済優先の従来型ではなく、公共性の高いものにしたい」という思いが関係者皆の胸にあり、コンペでもそうした考えを前面に打ち出した案が選ばれました。その方向性のもと、第1期は、高密度な計画ながら、「水とみどり」「界隈性」といったコンセプトを全面に展開、大階段で連続する駅前広場を中心に広がる水盤、アーケードなど、にぎわいが外に滲み出していくような「すき間」のデザインに力が注がれています。

とりわけ意義深かったのは、西側のメインストリート(現在のグランフロント大阪とグラングリーン大阪の間の道)のイチョウ並木の整備です。敷地内に1列、歩道に2列で計3列。第二期の完成で倍になりますから、計6列。官民共同でつくられた大阪のシンボルともいうべき「御堂筋」へのオマージュです。梅田のまちの風景を変えるだけのインパクトがあると思います。

続く第二期については、「残りはみどりの公園でいこう」と、ずっと話していて。府市の賛同も得て、「ターミナル駅前ながら開発面積の二分の一が緑の公園」という類を見ない「再開発」が実現しました。改めて、よくここまで思い切ったことができたものだと感心してしまいます。

建築家 安藤忠雄
安藤忠雄

グラングリーン大阪には、「みどり」と「イノベーション」というふたつのキーワードがあり、VS.はそのイノベーションを担う施設という位置づけでした。これを私は「可能性を感じさせる場所」と受け止めました。

何か可能性を持った場所をつくり出そうという時、私が心に抱くのは、機能を持たない「余白」のイメージです。余白とは、ただ何もない空洞ではなく、何かが生まれそうな期待感や、対話を生む「間」のことです。この「余白」が主役、ならば建築の「形」はできるだけ見えない方がいい。そんなイメージで、VS.の建築のほとんどは地面の下に沈められています。地上に顔をのぞかせるのは、天井の高いメイン・スタジオの上部と、ガラス張りのエントランス空間、この二つの立方体の重なりのみ。外壁もツタで覆われていて、何年かすれば公園の緑の風景に溶け込んでいきます。目指したのは、静かに躍動するエネルギーを内に秘めた「見えない」建築です。

ともかく、ターミナル駅前の都市公園の只中という絶好の立地ですから、建築と緑の公園が、内と外の境界を越えて重なり合って、そこで生まれる創造的な空気、アートの空間が、公園から大阪の街全体に滲み出していくといいですね。

エントランスには氏を象徴する青りんごのオブジェが。「甘く実った赤りんごではない、未熟で酸っぱくとも明日への希望に満ち溢れた青りんごの精神です」

そこにない建築作品を「展示」するための
さまざまなアプローチ

建築家 安藤忠雄
安藤忠雄

建築、建築家の展覧会が特殊なのは、本来の作品である建築、建物が、その場所にないということ。代わりにスケッチやドローイング、模型といった、建物が生まれる過程の記録を出展すると、「建築」に慣れない一般の方には、少しとっつきにくい。そこをもっと分かりやすく、親しみやすいものにできないかということで、数年前から、遠くにある建築空間を原寸で会場に再現する、ということにトライしています。やるならば、私の仕事の原点になるようなものがいいだろうということで、今回は、私が自然との対話をテーマに考えた最初期の仕事「水の教会」を選んでいます。可能な限り、現実に近づけようと、会場内に実際に水を張って、その中に十字架を浮かべています。

直島は、関わり始めて今年でもう37年、10のプロジェクトを実現しているのですが、それぞれの建築がどうのというのではなく、これまでのプロセスを、物語として見せたいという思いがあって。島の模型とパノラマの映像、音楽を組み合わせた空間インスタレーションとしています。

建築家 安藤忠雄
安藤忠雄

VS.には天井高さ15mのキューブ型のスタジオがありますね。この空間を生かし、3面を使ったオリジナルの没入型映像を用意しました。対象として選んだ作品は、「光の教会」と、北海道の「真駒内滝野霊園・頭大仏」、そしてパリの「ブルス・ドゥ・コメルス」。室内に足を踏み入れた人が、映像に包み込まれて、その場所にはない建築の中にいると感じられるような…そこは映像編集チームが頑張ってくれました。日常にはないスケール感で、「ヴァーチャルでここまでできるんだな」というのが分かって面白いですよ。

「もっと面白いものができるはずだ」
2025年、「青春」真っただ中

建築家 安藤忠雄
安藤忠雄

学歴も何もなかった自分を建築家として立たせてくれた大阪の街と人、社会に少しでも報いることができれば――という気持ちがありますね。

ただ単に自分の建築を見せるというのではなく、東京一極集中で弱体化しつつある関西を、ここからもう一度盛り立てていきたい。4月には万博も始まりますから、その前哨戦という位置づけに、この展覧会がなればと思いました。

私は28歳の時に事務所を開設、仕事を始めました。学歴もない、ハンディキャップだらけのスタートでしたから、どんな小さな仕事でも全力投球、「ここを逃したら後がない」という緊張感で、走り続けてきた人間です。60~70代で癌が見つかり、2回の手術で五つの臓器を失いました。それでも建築を諦めることなく、今も変わらず仕事を続けている。むしろ、病気をする前よりも、思い切りよく振り切って、元気になっているような(笑)。その原動力はというと、単純に「もっといいものをつくりたい」という目標、先に進めば「もっと面白い仕事ができるはずだ」という希望があるからなんですね。

「青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう」。この詩を教えてくれたのは、関西経済連合会会長を務められた東洋紡の宇野収さんでしたが、老いも若きも関係なく、充実した人生を生きたいなら、皆この「青春」の心を持つべきなんじゃないかと。気候変動、人口問題、経済格差、国際紛争、AIの氾濫…世の中は混沌とし、先の見えない不安に満ちている、こんな時代だからこその「青春」です。道がなければ自ら切り開く覚悟をもって。報われる保証はありませんよ。でも諦めずに踏ん張れば、いつかどこかで必ず光は見えてくる。つくり続け、考え続け、ギリギリの日々を重ねて今日まで生き抜いてきた、私の人生がその証です――と、そんなメッセージを感じられる展覧会にできればと思っています。

天井高15mのSTUDIO Aでは、今回撮りおろしの没入型映像を展示。非日常のスケール感で、現地の感覚を再現する
会場内に水を張り、北海道の「水の教会」(1985-88)をほぼ原寸で再現。安藤建築がランドスケープを意識したものに変化していく転換点となった作品
時間とともに移ろう直島の風景とともに、直島プロジェクトの37年の軌跡を追う 
開場4日前に行われた取材時にも、「より面白い展示に」と精力的に手を加えていく。このパワーこそが「青春」そのものだ
CURRENT EXHIBITION

3月20日-7月21日[2025]

大阪が生んだ建築家、世界のアンド― 半世紀間、第一線で走り続け齢八〇を超えてなお青春を生きる闘う建築家からの人生のメッセージ
World famous Tadao Ando, the architect born in Osaka. This Exhibition is a life message from a struggling architect who has been at the forefront for half a century and is still living in his youth at the age of over 80.

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