Voices
11月21日[2025]
Kie Mori
大阪駅前から「1万円のコーヒー」を世に問う。VS.とともに新しい文化を発信するカフェ「LOHE(ローエ)」
VS.の地上階にあるカフェ「LOHE(ローエ)」。オープン以来、とかくメディアを賑わせるのが「一杯1万円のコーヒー」だ。「ちょっとお茶でも」という従来型の喫茶店とは一線を画し、新しいコーヒーの楽しみ方を世界に発信するそのスタンスは、VS.の担う文化発信機能ときわめて親和性が高い。店の立ち上げから毎日の味の調整まで主体的に手がける、バリスタの森 貴恵氏にお話を伺いながら、「1万円」の背景をひもとく。

「お誕生日にコーヒーを」
特別な時間を生み出す立役者
――VS.の第一印象はいかがでしたか?
お声がけいただいた時の情報は、「大阪駅前」「公園の一角」「ビルのテナントでなく独立した建物」「安藤忠雄さんが設計監修」ということ。私は日本のトップクラスのコーヒーを世界中に発信したいと考えていたのですが、VS.という唯一無二の場は、その目標にうってつけでした。さらにここ数年、海外の方がぐんと増えたことで、「旅の目的になるコーヒーを」というコンセプトも明確に定まってきたと思います。
――「1万円のコーヒー」が話題ですが。
コーヒーはベーシックなものが800円から、高価格帯では3,000円、5,000円、1万円があります。5,000~1万円クラスの豆は、バリスタの世界大会で使われるレベル。とても手間をかけて作られる希少な豆で、なかなか市販されておらず、簡単に飲めない。そんな豆を「いつ来ても飲める」場を作ることで、さまざまな方に新しいコーヒーの世界を広げていきたいですね。
――どんなお客様が来られますか?
東京などから1万円のコーヒーを目指して来られるお客様も多いですね。3,000~5,000円の商品は海外のお客様に人気です。せっかくの旅先なので良いものを、と思っていただけるようです。
リピーターのお客様もおられますよ。たとえば、最初はご夫婦で来られて、気に入ったからと次に息子さんを連れて来られた方。お母様から娘さんへの誕生日のプレゼントとしてこの店を選んでくださった方もいます。ほかにも、近くでお母様とお食事された後、お二人で食後のコーヒーをわざわざ飲みに来てくださったり。その方は、それ以来お母様と会われる時はここで待ち合わせしてくださるようになりました。そういった「ちょっと特別な時間」を過ごす場になっているのかもしれません。

――ホテルのバーのような使い方ですね。ワインを愉しむような意味合いに近いのでしょうか。
確かに、希少ワインの世界と近いかもしれません。でも「世界一のワイン」の価格は天井知らず。それがコーヒーだと、「世界一」を1万円で味わえるんですよ!(笑)
ワインと大きく違うのがバリスタの役割です。コーヒーの場合、最高の豆でも、バリスタが適切に抽出しないと価値がなくなってしまう。常に安定して美味しいコーヒーをお出しできるように、毎日毎日、一日中味見しながら調整を重ね、技術を磨き続けています。
また最良の一杯を作っても、それを黙ってお出ししたら「おいしいね」で終わってしまう。フランス料理などと同じで、私たちから「こんな味わいです」「口の中で温度とともにこんなふうに変化します」とプレゼンすることで、お客様も自ら味をキャッチする姿勢になってくださいます。そういった意味でも、「人」ありきのコーヒーですね。
店のテーマとして「Less is more(少ないことは豊かなこと)」を掲げています。これは、ただ削ぎ落とすのではなく、最小限の選び抜いたものに豊かさを見出す、という考え方。メニュー、空間、うつわ一つまでこだわりぬくことで、最小かつ最大の輝きをご提供したいですね。
VS.とのコラボレーションから
新しい可能性が広がってゆく
――コーヒーカクテル、というのも目新しいですね。
ほかのドリンクを出すのでなく、あくまでコーヒーにしぼって、コーヒーカクテルでメニューに奥行きを出しています。本当に良いコーヒーを使えば、苦さを砂糖の甘さで上書きすることなく、最小限の砂糖と良いお酒でコーヒーの可能性を広げることができる。組合せのバリエーションは無限にあるので、オリジナリティも出せます。
――VS.でのイベントとのコラボメニューも話題です。
コラボレーションが始まってやっと、この場所に店を出した意味を実感しています。本格的にコラボメニューを作ったのは「安藤忠雄展」が最初。コーヒーに見合う副材料探し、コーヒーと青リンゴを融合させるバランスなど、開発にはすごく試行錯誤しました。おかげさまで、安藤さんのファンの方にもたくさん来ていただきました。安藤さんの携わられた建物をカフェ業態で楽しめる所があまりないので、その目的で来られる方もいらっしゃいます。
次の台湾展ではパイナップルを使ったり、坂本龍一展では坂本さんが愛した名店の「クロックムッシュ」を提供しました。今後もこういったコラボレーションは続けていきたいですね。
――これからLOHEでやってみたいことはありますか?
LOHEではフード系がスイーツしかなかったのですが、お客様から軽食のご要望が多いので、新しくトーストをメニューに加えました。香ばしいカンパーニュに、上質なグリュイエールチーズをのせたチーズトーストです。コーヒーにこだわる以上、出すものすべてにこだわらざるを得ないんですよ。
LOHEのカップなどに取り入れているピンクは、コーヒーの実、コーヒーチェリーをイメージしたもの。私が初めてスペシャルティコーヒーを知った時、その明るくクリアな酸味に「コーヒーって果実だったんだ!」と気付かされた、あの驚きを込めたテーマカラーです。大阪駅前の緑の公園から、世界に向けてこの色を広げていければ…夢が広がりますね。






「将来的には『和LOHE』をやってみたい。軽やかな和菓子と、クリーンで透明感のあるコーヒーを合わせてみたいんです。日本酒や焼酎を使ったコーヒーカクテルもいいでしょう?」
「2店舗目を、というオファーもいただくのですが、今のところ他の場所ではクオリティを保てない。この空間を含め、VS.ありきのLOHEですね」